ka-noneの日記

先天性心疾患で産まれた娘の成長を2011年~2018年4月まで書きました。2019年から日記を再開しています。

思い出したらいっぱい話をしましょう

彼女が生まれてから今までたくさんの方たちと出会い、いろんな出来事がありました。

 

そして、いろんな事を感じ、いろんな思いも。

 

それは彼女が入院している時がやっぱり一番多かったです。

 

 

この数年間で何回か、子供のお葬式に参列させていただきました。

本当に辛いです。

参列してその顔を見るたびに、〝もっと長く生きたかったろうな。〟とか〝これからたくさん出来る事や楽しい事。それからたくさんお友達ができて、それから恋人もできたり。これからなのに。〟

思う言葉は、悲しさよりもたくさんの悔しさでした。

それは、彼女がICUやHCU入院していた時もそうです。

生まれたばかりで、ICUからHCUに移った時にもあるんです。

毎日面会しているので、同じ病室の赤ちゃんのご両親とも顔を合わせた時は、話すようになり、お互いの情報も交換したりしていると自然と仲が良くなっていきます。

それが、ある日病室に面会に行くと隣の保育器が無くなっているんです。

初めは、〝あ~、無事に別室に移れたのかなぁ。〟とか〝退院できたのかなぁ。〟とか思うんですが、看護師さんに聞くと、〝昨日○○ちやんお空に逝ってしまわれたんですよ。〟と聞かされた時に僕らはショックで言葉がでませんでした。

ほんと昨日まで、隣の保育器にいたんですよ。

しっかり顔も見ているし、しっかりその寝顔を憶えています。

そんな事が何回か続きました。

その事があるたびに、僕らは身が引き締まる思いでしたし、思うことは同じで悔しさばかりです。

その時にこの先の覚悟も決めました。

そして、病棟の屋上にある〝祈りの部屋〟の前で手を合わせていたのを思い出します。

 

それからこうして、SNSをやっていると場所は違うけど、SNSを通じてお友達になります。

そのお友達の投稿を見てお子さんが亡くなった事を知ります。

顔は合わせた事がないし、対面で話した事もありませんが、そのご家族とそのお子さんの事は生まれた時から知っているんです。もちろん泣きじゃくっている顔やニコニコ笑顔、それに闘病中の辛い顔。

それから、退院する時に一緒に抱っこして写っている画像。

まるで隣近所に住んでいる人たちの様によく知っている。

お互いに、子供の成長をSNSで見守ってきたんですから。

だから凄く悲しいし悔しいんです。

そのご両親の思いを考えると、何も言えなくなります。

けど、声をかけたいです。

メール送りたいんです。

だから、声もかけるし、メールも送ります。

時には手紙を書きます。

そのたびに、このかは生かされているんだなって感じています。

お亡くなりになられた方たちの分までとは言いませんけど、彼女には精一杯生きて欲しいと思っています。

けど、こんな思いも親の勝手な思いだと思うんです。

だって彼女の中には、0歳~2歳までの記憶はほとんど残ってないですから。

だから、彼女にも伝えるつもりです。

〝ノンちゃんは憶えてないかもしれないけど、○○ちゃんや○○ちぁんって赤ちゃんの時のお友達がいたんだよ。〟って。

それから、どう思い、何を感じるのかは彼女自身ですから彼女に任せるつもりです。

でも一人だけ彼女が覚えているお友達がいて、唯一病院も保育園も同じだったお友達。

ノンちゃんよりも1つお姉さんでした。

もちろん家族みんなで彼女のお葬式に行きました。

その○○ちゃんのことだけは、今でも彼女との会話で出てきます。

それが僕はとっても嬉しいんです。

 

なんでかというと。

 

亡くなってしまったらその子には何もしてあげられません。

出来る事といえば、思い出す事。

そして、思い出したら話す事。

だから思い出した時はたくさんお話します。

 

それは、これからも変らないことです。

 

そして、来年はノンちゃんも小学生。

小学生になったら、彼女の病気の事を包み隠さず話ます。

少しづつ、少しづつ自分の体の理解を深めるために。

 

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きっと、あることでいじめられたり、言葉で傷つけられたりすると思うんです。

それから、色んな制限で悔しい思いや悲しい思いも。

そんな時に彼女のフォローできるのは、家族か同じ先天性心疾患を持つ人たちだけ。

それは彼女だけではなく、同じような心疾患を持っている方、難病を抱えている方たちも同じと感じてます。

 

強く、優しく。